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井伊直弼と茶道(その3)

弘化二(1845)年、埋木舎の澍露軒主人として書かれた「入門記」には「茶道は心を修練する術である」「眞の茶道は貴賤貧福の差別なく自然体で常時心静めて喫茶する修行である」「快楽に耽ったり金持ちの玩弄物(もてあそびもの)となって御道具や茶室等贅沢なものになっているのは邪道である」と述べている。


直弼は若くして茶道の基本書「南方録」を学び自らも二十歳台で「栂尾みちふみ」や「閑夜茶話」の高度の茶書を著し、茶道具、香合等も自作し弟子たちに与えている。筆者の曽祖父・大久保小膳も直弼より茶名を授かった十七名中、二番目に「宗保」の名を賜り、埋木舎でのお茶の相手役や茶器の制作もご一緒している。


直弼の「茶道の政道の助となるべきをあげつらへる文」の中には「喫茶の道は、上は雲の上より下賤の田子に至るまで少しも違う事なく相応しからぬ事もなく、誠に同じく行はれて、又富者・貧者、是又共に同じく集まるる道なれば」と藩主の子として当時では驚くほどの平等を説き、自らも実践した。【埋木舎当主・大久保治男】

棗
茶道具

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