昭和59年(1984)の年の初めに近江地方は未曽有の豪雪で、老朽化著しい埋木舎南棟部分は屋根の積雪の重みで完全倒壊した。
それから6年かけて文化庁、県、市の援助も受け約2億円の工費で埋木舎全建物は解体修復され、直弼公居住の頃の姿のままに復元し、平成3年(1991)4月より一般公開され、「開かずの門」といわれていた埋木舎内部も見学でき、直弼公が十五年間文武両道を修練され、質素な真摯な文化人としての人格形成が肌に感ぜられる重要なスポットとして貢献でき、明治4年(1871)以来、幾多の困難を乗り越え死守してきた大久保家代々の苦労も花開くのである。
その年の夏休み、大学教授であった私は法学部長も終了したので久々で夏休みを埋木舎で長期間過ごしていたある夕方、直弼公の御居間から整備された庭を眺めていた。とその時、裏庭の方から茶色の柴犬の様な動物がゆっくり歩いてやって来た。はじめ野犬かと思ったが、東京で飼っている柴犬とは顔付が異なり、シッポも太く長く感じ動物園で見た狸かとも感じ「なぜ埋木舎で狸?」と不思議に思った。
その後、埋木舎に掃除に来ていただいているおばさん方にこの話をすると、西村さんは「お茶室の前で竹藪の方へのこのこ歩いて行く狸を見ましたよ」、青木さんは「お庭掃除をしていると風呂場前辺りで狸と出くわし、狸は縁の下の方へ入って行きましたよ」、加藤さんは「裏庭の竹藪では何度も狸を見ました」と、三人とも異なった月日に狸を見られていた。
長い間、埋木舎の主幹をお願いしていた堤さんも「埋木舎には狸がいますよ。裏庭の竹藪辺りか縁の下に巣があるんでは」「庭の太い木の幹に穴があり、その中に居る狸も見ましたよ」とのお話ばかりで、多くの方々が埋木舎に住んでいる狸を見ておられ、狸は確かに居るのである。私の見た狸も本物の狸だったのである。(当主 大久保治男)
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