(本コラム記事は、サンライズ出版社『埋木舎で培われた井伊直弼の茶の湯』より、著者・大久保治男氏の承諾を得て、その一部を抜粋・記載するものです。)
【直弼茶道の真髄(その3)より続き】
そして同年(1845年)十月に『入門記』を著すのである。
「茶道は心を修練する術であり、自ら五倫の道が備わっている人物で各人の本業の一助となるものである。出家は茶道により修行が深まり、公家は本朝の風俗にもかない驕らず礼譲の道も正しく行われるようになる。武士は戦さを業とするので戦勝の為の決断力も必要であり、その為には先ず自分の心を修め勇気を養うよう陣中でも茶事を催し一席会合するような余裕を持たなければなるまい。農工商の人々にとっても茶道を修めることは本業を助けることになろう。……眞の茶道とは貴賤貧富の差別無く、自然体で常事心沈めて喫茶する修行である。天下泰平になり茶道は快楽に耽ったり金持の玩弄物(もてあそびもの)となって御道具や茶室等贅沢なものになったがこれは邪道であって、貧賤の身分の者でも立派な心を有する者は茶道の稽古はできるのである」と述べている。さらに茶書を読み、その流れを追っていると解釈が様々であるため、その源を正すため、一派を立ち上げると宣言したのである。
直弼のこの茶道に関する基本的な考え方は当時としてはまさに革命的であり、「埋木舎」における質素倹約の生活の中から豊かな心の修行を茶道において探求しようとした直弼であったればこその茶道の心であろう。(つづく)
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